しかし秀吉の死後、関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康は、豊臣秀頼や淀君(茶々)の住む大阪城を、2度に渡って攻めました。 そして1615年、ついに大阪城は落城し豊臣家は滅亡しました。 『大坂冬の陣』、『大坂夏の陣』と呼ばれる戦です。
幕末になると大阪城は、徳川家茂・慶喜が戦略上の拠点としましたが、戊辰戦争による薩長軍の攻撃に合い落城しました。
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