
そして1580年(天正8年)、羽柴秀吉が西方を攻める拠点として姫路城に入城、翌年には3層の天守閣を完成させました。
関ヶ原の戦いの後は池田輝政が入封し、姫山に5層7階の天守を8年の歳月を費やして完成させました。池田氏の後に入封した本多氏は、長男・忠刻と室千姫の為に西の丸を整備し、現在の形となりました。
戊辰戦争が始まると、姫路城は岡山藩の攻撃により福中門が破損したが、その後降伏をしたので城は保たれました。昭和6年、姫路城は国宝となり、1993年にはユネスコ世界文化遺産へと登録され、世界の宝となったのです。
姫路城は、その美しさから別名『白鷺城』とも呼ばれており、人々から慕われております。