
城と言いましても、平城、山城など様々な城がありますが、戦国時代も末期になりますと権力の象徴・政治を行う場として、天守閣を持つ城が増えます。
代表的なものに、織田信長の安土城、豊臣(羽柴)秀吉の大阪城・姫路城、徳川家の名古屋城などがあります。しかし多くの城が、その後の戦や戦争、予期せぬ火災や、時代の流れによる取り壊しなどで消失してしまいました。
そのような中で、健全と姿を残す姫路城・彦根城などは奇跡といっても過言ではありません。たかねっとテレビ特別編『日本のお城』どうぞお楽しみください。
しかし秀吉の死後、大阪城は徳川家康の『大坂冬の陣』、『大坂夏の陣』により落城してしまいました。
その後、大阪は徳川家の直轄領となり、大阪城も再建されました。幕末になると大阪城は、徳川家茂・慶喜の戦略上の拠点となり、戊辰戦争が始まると薩長軍の攻撃に合い落城しました。
第二次大戦でも消失した大阪城は、再び再建され現在に至っております。そして1580年(天正8年)、羽柴秀吉が西方を攻める拠点として姫路城に入城、翌年には3層の天守閣を完成させました。
関ヶ原の戦いの後は池田輝政が入封し、姫山に5層7階の天守を8年の歳月を費やして完成させました。戊辰戦争が始まると、姫路城は岡山藩の攻撃により福中門が破損したが、その後降伏をしたので城は保たれました。
昭和6年、姫路城は国宝となり、1993年にはユネスコ世界文化遺産へと登録され、世界の宝となったのです。徳川幕府の威信を賭けて作られた二条城は、狩野探幽や小堀遠州などの装飾・庭園により究極の書院造へと昇華いたしました。
世界遺産にも登録されている二条城を、